足るを知り、これで十分、有難い人生だ
「足るを知る」
老子の言葉で、一定の持ち物で満足、これで十分と満足することです。
欲しい、欲しい、まだ足りない、と欲深く生きるのは疲れます。
一生懸命働くのも良いのですが、肩の力を抜いてほどほどにしたいと思っています。
「無欲恬淡」にはなれないかもしれませんが、自然体で、健康でいられることを基準に無理せず生きていく。これが私の結論です。
それでも日常で「足りないマインド」かなあと思い当たることが出てきます。
もう、これは習慣や子供の頃の刷り込みなのである程度仕方がないとは思いますが、気づいた時はなるべく手放しています。
最近では、緊急事態宣言下ということもあり、なるべく買い物に行くことを控えています。
そうすると、家にあるもの、ありあわせでの料理が得意になってきました。
意外と使っていなかったり、使いかけの乾物が役に立っています。
あとは、考え方の変化で、おやつはおにぎりにしたり、うどん、茹で卵など、お菓子以外でも大丈夫だったり。カレーの具はある野菜、白菜でも大丈夫だったり。
充分に足りていて、豊かな日常を送れています。
そういえば昔、
「♪あらこんなところに牛肉が♪玉ねぎ玉ねぎあったわね♪」
という歌が流れるハッシュドビーフのルーのCMがあって、牛肉の存在は忘れがちじゃねえだろってCM聞くたびに違和感があったことを思い出しました。
消費者の大半は女性である食品に、広告作る側が男性主体というズレの典型ですかね。